入籍しました

3/3の交流会閉会式で参加者の皆様に「この春入籍します」報告させてもらいました。
私は奥山のまんまで野中裕貴から奥山裕貴になりました、婿さんです。
ちなみにうちのおとんも婿さん婿養子、で、ごろちゃんは婿入りしました。

ついでにミニバン8人乗り新しい車も購入し・・・1月下旬納車しました。
フィットは下取りライフは3月中旬に職場に寄付したから今あと1台で生活してます。

去年11月交流会閉会式では「家建てて10/2から一緒に住んでます」の報告しまして。
10月から一緒に暮らしてみて”ちゃんと形にしてもいいかな”と思えるようになりました。
平日はお互い仕事して
弁当作って晩御飯作って
家事もあれこれ決めてなくても自然に分担
食のツボと笑いのツボ一緒
私の毎日ネタのように起こる出来事も笑って聞いてくれて
些細なことも「ありがと」言いあえて
ご飯作れば毎回「おいしい」言葉にしてくれて
日々こんな感じで平凡平和に過ごしております
万梨子さんミニテニスのイメージが強いと思いますが体育館以外では普通の穏やかな人です(笑)
ごろちゃんはまんま穏やか星人です

去年入居した時はお互いがっつり働いて別世帯の同棲の形にして、ただ建てた時にさらっと「その気になったらね」なんて会話してて、一応その時になったらのために・・・
一緒になってもいいか
ごろちゃん長男なため婿でもいいか
婿入りか婿養子か
野中家のことなど
その時が来たらのためにお互いの家族に色々と深いところまでちゃんとしっかり話してました。
交流会前の2/29夜にお互い色々確かめながら話して「そうするか」と決断しました。
「もう二度と絶対結婚はしない」と25歳の時に決めましたが絶対ってないのね。

私の考えは・・・
お互いの気持ちは勿論だけど、お互いの家族の気持ちもすごく大事で、お互いの家族が賛成や喜んでくれないと一緒にはなれない、絶対ならない、です。
まず自分の両親には感謝しかなくて、親って大事って25歳になってようやく思えたのもありまして。
22歳の時に反対されて親と絶縁みたいな形で結婚して嫁いって、でもすぐ離婚して、そんな私を受け入れてくれたここから親と本当に仲良くなった気がして、でも喜んでくれたせっかくの孫の顔もまともにみせてあげられなくて申し訳ないとずっと思ってて。
今回お付き合いしてる頃からまず自分の両親が喜んでくれて、両親とは何回も対面してるし、
おとんは引っ越しも手伝ってくれて、それがなんだか嬉しくて、親孝行もしたいなぁなんて。
野中家も喜んでくれまして、婿さんもいいと言ってくれまして、本当に家族皆に感謝だけです。

ごろちゃんの人柄は勿論だし、ごろちゃんが私の考え方を変えてくれたと思います。

そしてなぜ今年の春って、3月に私の息子が高校卒業したからです。
私なりの母親としてのけじめです。
そんでおかんから「卒業するしいいんでない?」と背中を押してもらったりもして、そんな言葉も嬉しかったりして。

3/3閉会式の事は愛好会の人にもはっきり伝えてなくて、で、やはり自分たちの口から報告したかったんで急遽あたふた閉会式で報告。
この日の裏話・・・
前日の準備中に「閉会式で時間あったら言うか」と二人で話してて、いざ当日、女子の予選進行30分押してて移動やらあおりマイクやら本当に大変でこれは無理だな思ってたら、午後になったらやたら進行繰り上がって、トーナメント始まるのも予定より20分早くなって「あれ?これ閉会式で話す時間あるくね?」っていきなり焦りだして、トーナメントで他の人が試合してる時にステージで二人でコソコソ小声で「どうする?言う時間あるっぽい。言ったらあと戻れないよ。ほんと言う?」と万梨子さん漫画に描いたようなthe挙動不審。
「よし言おう」と二人で決断して、集中が意識がもう閉会式(笑)、二人して仲良く準決で散りました。
次の週の埼玉入間男子女子大会ではお互いのペアのおかげもあり、二人仲良く優勝、何より野中裕貴として参加した最後の大会で優勝、ミニテニスの神様に感謝です。


あの発表時点では入籍日のメドすら決まってなくて”この春に”と伝えましたが、交流会後に両親にも相談して「いつでもいいよ、万梨子のしたい日にしたいようにしなさい」と言ってくれたので・・・

  大安・一粒万倍日・大好きなおじいさんの命日(30年経った)が重なった
     本日「令和6年4月6日(土)」に入籍しました

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